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ひろさんとの出会い

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

きいんさんに続きまして、 くぽさん の “高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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私がひろさんの存在を知ったのは、たぶん、多くのひろさんファンの方と同じく、幽遊白書で流れる曲を聴いた時だったと思います。その当時は、特に幽遊白書には興味もなく、真面目に見たことがなかったため、そこで流れる曲も、たまたまテレビをつけたらかかっていて、それを気にとめることもなく流し聞いていたのですが、なんというか、独特のメロディーや歌詞、耳に残る声、でも、歌っている人の名前も、曲名すらわからないまま、印象だけが心に残っている、それが、私とひろさんとの最初の出会いでした。
今考えてみれば、そのころ私はもう中学生~高校生になったあたり、インターネットこそなかったものの、CD屋等でCDを探し買い求めることもできただろうに、今更にして後悔しています。

その後、その曲がひろさんの曲であることや曲名もわかり、たまにカラオケ等で自分や同席の誰かが歌ったりして、その存在は、自分の中で色濃くなっていきましたが、やはり、それ以上の行動に移せぬまま、時は移ろい、大学生に。ここで、私のひろさんファンとしての大きな転機が訪れます。

それは、とあるバイト先でのこと。そこで出会った先輩が、筋金入りのひろさんファン。その方とは、元々は違うアーティストのことで意気投合?したのですが、ある時、どういうきっかけだったかすでに記憶がないのですが、ひろさんの話になり、それまで私の中で眠っていたひろさんの曲や印象が、目を覚ましたのです。
ですが、その方は筋金入り、一方私は曲や名前を知っている程度。間違ってもファンだなんて言えないような自分に、その方はいろんなことを教えてくれました。幽遊白書以外の曲をいろいろと知ったのは、この頃です。

その後、今はなきファンクラブ「HIROPAL」に入会し、初めてのライブ参加を果たし、あろうことか、ライブハウス前でジャージ姿の生ひろさんに遭遇!など、少しずつファンとしての自覚?を高めていきました。ネットの掲示板なども通じ、今のファン仲間と出会ったのもこの頃で、もう10年近く前のことです。
その後、最も忘れられない出来事である2001年の北海道ツアーに参加させていただき、ひろさんやファン仲間の皆さんと交流し、盛り上がり、ひろさんの歌を通じ、こんなにも幸せな関係を持つことができたことに、今でも本当に感謝しています。

この10年、自分にとっていろんな人生の転機があり、悩んだり、落ち込んだり、いろんなことがありましたが、そのたびに支えになってくれたのは、ひろさんの曲でした。ひろさんの曲には、勇気づけられ、励まされ、時には、不覚にもちょっと涙したりもしましたが、でも、それら全てが、今の自分の糧になっているんだなと思っています。もう、ひろさんの生の声や、生のトーク、新しい曲を聴くことは叶いませんが、私はこれからも、一ひろさんファンとして、ひろさんとともに生きて行ければと、思っています。

| おもひで | 23:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんと出会った日

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

管理人の私(とも)に続きまして、 きいんさん の“高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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まだ大学生、21歳のとき。
おそらくは年末年始。長期休みで帰省していた厚着の時期だった記憶があるから。
近くの古本屋で、暇を潰す漫画を探していた、んだと思う。
半年前から始めた中古CDコーナー。なんとなく足を向けた。
ひろさんの『WELCOME TO POPSICLE CHANNEL』が、目に留まった。

幽々白書は週刊少年ジャンプで読んでいた。アニメは、時間が合ったときだけ見ていた。
アニメの出来より、主題歌のほうが印象に残っていた。
CDの帯だったか、POPだったか、このCDには、その主題歌であることの説明があった。
魔が差した。としか言いようが無い。手にとって、レジに向かった。
あのころの自分にとって、3,000円は、小さくない。中古CDコーナーなのに、定価?
おそらくは新古モノかなにかなのだろう。
知らないアーティストのCDなんて買ったのは、そのときが最初。

自宅に戻り、ラジカセに入れる。とりあえず、知ってる2曲を聴いてみる。
主題歌の時にはワンコーラスしか記憶になかったので、ひどく新鮮。衝撃。
2番、素晴らしいじゃないか…。
というか、詞曲全体で一つの場面が、物語が、世界が構築されている!
ひとしきり2曲をリピート再生した後、CDのはじめから。そう、これはアルバムだから。
『私ならこうする』で女性の奥深さを知り
『パティオでドッキリ』で高校の時の彼女を思い出し、
『雨になれ』『秋野菜』『月光』『天空の2人~六甲哀歌~』で大人の雰囲気を覗き、
『浮気をしたいの』でバカ歌を知り(苦笑)、
『タンブリングマン』でポップでテンポの良い歌なくせに切ない男心を描いていることを堪能し、『恋のリベンジ』で大人の女性にあこがれる、と。
当時は俺自身に腕枕幻想がなかったので、『イェーイ イェーイ』は置いておこう。

大学に戻っても、そのアルバムだけをリピート再生する日々。
メシ作るとき、洗濯するとき、ダラダラするとき、雑誌読むとき。ゲームするとき。
うちで仲間を呼んで麻雀するときは啓蒙活動。
ただし、ひとりで本を読むときには聴かない。
小説が負けてしまって頭にストーリーが入ってこないから。
当時は、自宅の音楽=『WELCOME TO POPSICLE CHANNEL』だった。
どうしてこの人の新譜が出ないのだろうと不思議に思い続けたのち、
迂闊にも一年くらいしてから、1stアルバムの存在を知る。
(もう13年前、1994年当時はインターネットになんて触れてないもの)
大学近くのCD屋で1stアルバムの取り寄せを依頼し、断られる。なぜ?
山口市の田舎だったからかも。
しょうがないので、実家近くで依頼し、やっとこさ入手。
これでもうどうしようもない。
この2枚を連続して流したいためだけに、3枚CDチェンジャーのコンポに買い換える。

大学四年の就職活動、時は1996年夏、初めて東京へ。
向かったところは新宿伊勢丹近くの紀伊国屋書店。
CDフロアになんとアーティスト検索端末が。
高橋ひろを検索。3rdアルバムの存在をはじめて知る。またまぁなんと迂闊な。
その場で売り場を探すも品切れ中。
取り寄せできるとは言われるが、取り寄せてもらっても、取りに来られない…。
泣く泣く情報だけ持ち帰り。
またも地元での入手活動。これは2ヶ月くらい掛かった記憶がある。
こうして、CDチェンジャーはひろさんの3枚で満たされた。

疑問:
どうしてあのころ、シングルとかにアタマが行かなかったのでしょう?
答え:
地方にいる、音楽に興味のないヤローに過ぎなかったから。
本当にCDなんて買ったりしない人間だったので、気が回らなかったのだろうなあ。
そんな自分が、どうしてひろさんのCDだけめくら買い(言葉狩り失礼)したのか、いまでも不思議。
やっぱり縁、なのかねえ。ここは自分の“目利き”であると主張しておきたいけど。


そんなわけで、ある意味では幽々白書が入口だったりする。
少なくともチューリップでも、オルチンでもない。
リアルタイムでは、ミュージックステーションもHEY!HEY!HEY!も確認していない。
そんな俺でも、いまじゃこんな状態
というか、たぶんこれからずっと。

| おもひで | 23:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんの音楽との出会い

ということで・・・・
これを読んでくださってる皆さんには興味のないことだと思いますが、
私がひろさんの音楽に出会った時のことを書こうかと。

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| おもひで | 12:20 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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