2007年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年11月

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ひろさんとの出会い

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

ゆみかかさんに続きまして、 都市色さん の“高橋ひろさんとの出会い”を紹介します。

*****************************************************************

ども、都市色です。
いつも拙いレヴューを掲載させてもらっています。
有り難うございます。

そんな僕の「高橋ひろ」との出会い。
そんなに劇的なモノではないのです。
大学時代のサークルで仲の良い先輩がいました。
音楽がお互いに大好きで、サークルの部室で良く話をしたりしてました。

94年頃のあるとき、「都市色くんが気に入りそうなアーチストがいるよ。」
ということで教えてもらったのがひろさんのセカンドアルバム
「welcome to popcicle channel」でした。
それはもう、僕にストライク、ど真ん中!のポップスでした。

一曲目のイントロのひろさんのファルセットからヤラレました。
響きの美しいメロディ、瑞々しい歌唱、観察眼の鋭い歌詞、完成度の高いアレンジ。
まさにMr.melody factory。

当時の僕が夢中になっていたのは60年代の洋楽、そして日本の70年代の
ポップスでした。
詳しくは、
・60年代~70年代の洋楽ロック/ポップス。
・70年代初頭から活発化してきた日本語によるロック/ポップス。
・そして同じく70年代の日本のポップスのメインストリーム、歌謡曲。

ところで、僕が大学当時の90年代は何と言うか音楽界では「再評価」がブームでした。
過去の素晴らしい音楽が、ヒットしたとかヒットしなかったとか関係なく時代やジャンルを
超えて紹介されました。
僕は上記の音楽を大学時代に東京で夢中に聴いていました。
そして、先ほどの三点の要素をまろやかにミックスして熟成させたのが高橋ひろさんの音楽でした。
美しい洋楽のメロディ、歌謡曲の憂いを秘めたマイナーコード、そして美しい日本語の
響き。
その魅力の結晶が「アンバランスなKISSをして」「太陽がまた輝くとき」のヒットでした。
僕は残念ながら大学当時は殆どアニメを観ていませんでした。ジャンプも読んで
なかったので「幽遊白書」は名前だけしか知りません。
これらの二枚のシングルがヒットしているのには少し驚きました。
70年代風の歌謡ポップスの世界が90年代にも受け入れられているのが面白かったです。

90年代はご存知の方もあるかもしれませんが「渋谷系」というブームがありました。
これも過去の音楽の再評価の一環で、お洒落な60年代の洋楽のサントラや
ソフトロックの再評価だったのに対し、ひろさんはそれよりちょっと視点をズラして
70年代の歌謡ポップスを世に問うた訳です。
この渋谷系とひろさんとは全く無縁かというとそうではありませんでした。
ひろさんの楽曲のアレンジャーとしてピチカートファイヴの高浪敬太郎さんが参
加されていました。僕はピチカートの高浪さんのファンでもあったのでひろさんとの
出会いは必然だったのでしょう。
高浪敬太郎さんの弟さんもひろさんと親交がありますね。

ひろさんと敬太郎さんの共通のテーマというと「筒美京平」とネオアコでしょう。
筒美京平さんの音楽には60年代の洗練されたアメリカンポップスを日本的な味付
けで再構築するという特徴があるといえます。洋楽風の洗練された美しいメロデ
ィやサウンドを取り入れた筒美作品にひろさんも高浪さんも深く影響を受けたは
ずです。80年代初頭のイギリスでのネオアコースティックムーヴメントは20代前
半だったお二人を魅了したに違いありません。
高浪さんがアレンジャーで参加しているひろさんの「浮気がしたいの」はお二人
の筒美京平さんへの熱いオマージュが感じられます。この曲を聴いたときの衝撃
は凄かったです。ユーモアのセンスもバッチリ!

この曲を含むセカンドアルバムは本当にハマりました。バラエティに富んだ五目味、
いや七色のポップアルバム。そして音楽への深い敬愛に充ちたアルバム。

初めて動くひろさんを観たのは、先述の先輩と観たフジテレビの土曜深夜の番組
「殿様のフェロモン」でした。あまりに過激な内容なので書けません。とある回
でひろさんはゲスト出演してました。「アンバランスな~」がこの曲のエンディ
ングテーマだったのです。出演者のある女性の過激なパフォーマンスに少し動揺
してましたね。「ミュージックステーション」や「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」に出た
のも観たことがありました。やはり司会者とのやりとりは面白かったです。

これ以降ひろさんの作品を集め出しました。
ソロデヴュー前に組んでいたバンド「ポプシクル」も大好きです。
都会育ちのポップスファン同士が集まって出来たアマチュアらしさとソングライティングの素晴らしさはシュガーベイブをかなり彷彿させます。

ようやくひろさんのライヴを観られる様になったのはひろさんがメジャーを離れ
た98年以降でした。日清パワーステーションは今は無いのですね。
ライヴのMCで語られるユニークなお話。ひろさんの人柄を知ることが出来るひととき
でした。
やはり凡人とは違う鋭い感性を持ってましたね。
ライブでカヴァーする洋楽邦楽のカヴァーも良かったです。
僕が聴いてきた音楽と共通点も沢山で嬉しかったです。
勿論僕なんかより沢山音楽を知っているし。
勝手にポップス同好の士と尊敬しています。
そしてユニークな人柄も。
誠実で人に優しく自分に厳しい面も強く感じます。
人一倍ファン思いのひろさん。
雑学も面白いですね。野球とか昔のTVや歌謡曲についてもっと聴きたかった。
ラジオも聴きたかった。

ホント、書き出したら止まらない雑文で失礼しました。
他にも書きたいことが沢山ですがこの辺で。
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| おもひで | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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TULIP白書

tuliphakusyo.jpgTULIP白書 32CA-2268
1988年10月1日発売
「TULIP BEST ALBUM 1988永久保存版」として発売された14曲入りのアルバム。TULIP初期から解散前までの音源の中から13曲、残り1曲は新たに書き下ろされた曲を収録しています。
高橋ひろさんは新曲の作詞(宮城伸一郎氏と共作)を担当しています。


《高橋ひろさんが作詞を担当した曲》
ガラスごしの I LOVE YOU

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| MR以前 | 20:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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みんなのレビュー:5  そんなとき女を好きになる

都市色さんが書かれた全曲レビューです。

sonnatoki.jpgそんなとき 女を好きになる 32CA-2230


高橋ひろさんが在籍した’80年代末期のチューリップのアルバム4Wがようやく
再発された。
その中から一枚を。
1988年のアルバム「そんなとき女を好きになる」。

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| みんなのレビュー | 11:25 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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お知らせ

コメントを承認後表示にしていましたが、ここを訪れてくださる方に
気軽に書き込んでいただきたい、またコメント欄を通してファン同士が気軽に
コミュニケーションをとれたらいいなと思い、承認をとらない形に戻してみました。

なお、誹謗中傷といった悪質なコメントやスパムコメント等があった場合は即座に
元の形式(承認制)に戻しますので何卒ご理解の程よろしくお願いいたしますm(_ _)m


管理人:とも

| 管理人から | 00:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~ショウアップナイター編~

2005年3月から、ニッポン放送(AM:1242MHz)の野球中継 『ショウアップナイター』のオープニングテーマならびにジングル等を高橋ひろさんが手がけています。
また、交通情報でもテーマ曲を聴くことができます。
オープニング曲はメロディを奏でているエレキギターがカッコイイです!
このイカすギターを弾いているのは、ひろさんとライブで共演されていた飯室氏。
勢いもあって、ノリノリになれる曲だと思います。
ジングルは何パターンかあり、ひろさんの声が入っているジングルもあります。

《ショウアップナイターで使用されている曲・ジングル》

♪START YOU UP (OPテーマ曲)
♪プレイボールジングルⅠ
♪プレイボールジングルⅡ
♪プレイボールジングルⅢ
♪得点ジングル
♪ホームランジングル
♪WISH
♪ショウアップナイターBGM

| 提供作品 | 17:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~テレビ使用曲編~

元気、元気、元気におめでとう (作詞・作曲)
ポンキッキーズ21でイノッチが「お誕生日のうた」として歌っていたそうです。
(情報提供:ゆみかかさま ありがとうございます!)

雷様のテーマ (作曲)
ドリフ大爆笑でおなじみ、いかりや長介さん・仲本工事さん・高木ブーさんが扮する
雷様のコントで使われた曲です。
「ピカッ ピカッ ゴロゴロ♪」という歌詞で、かわいらしい曲です。
奇跡的にこの曲が使われてた時のドリフがビデオに録ってあったので
聴くことができました。
でも、悔しいことに途中までしか曲は知りません(涙)

| 提供作品 | 16:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんの歌がテレビから・・・

もうだいぶ前のことになりますが、
2007年2月11日に放送された『新堂本兄弟』で
ひろさんの「アンバランスなkissをして」(新録音バージョン)が
流れたのをご存知でしょうか?

知ってる方はここで挙手!!

この時のゲストは中川翔子さん。
ヲタクである、しょこたんのリクエストに応え、光一くんが
幽遊白書の蔵馬のコスプレをすることになったのであります。

で、“光一さん⇒蔵馬”という映像が出た時に
ひろさんの歌が流れてきたのです♪

流れてきた瞬間ビックリ!!!!!!!!!!
まさかここでひろさんの声が聴けるとは思ってなかったので、テンションUP!

ちなみに流れた時間は10秒くらいでした。
これに反応した方は紛れもなくひろさんファンだと思います(笑)

もっと流してよ~って気持ちにはなりましたが、公共の電波を通して
ひろさんの声が聴けてものすごく貴重だったなぁと思っています。

| イベント・感想 | 17:20 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~その他アーティスト(男性ソロ・グループ)編~

differentbeat.jpg佐々木 望  Different Beat MACA-10029
1995年6月21日発売
♪太陽がまた輝くとき ♪DA-TTA-LA-NA (作曲)
♪絹のブラウス (作詞・作曲)  ♪夏と波と君と (作詞・作曲)
♪アンバランスなkissをして

koimisui.jpg前川 清  恋未遂 BVDL-1051
1997年11月1日発売
♪恋未遂 (作曲)
ページへ

ohmygod90.jpgRe:JAPAN  look up to the sky AVCD-17062
2002年3月27日発売
♪オーマイゴッド! (作詞・作曲)

shitetsuensen.jpgいっこく堂  傷だらけの私鉄沿線 PCCA-70014
2002年8月21日発売
♪きみの心がわかる (作曲)

ikkokudo.jpgDVD ボイスイリュージョン いっこく堂 人形のyeah!
MACA-10029
2002年7月3日発売
♪ザ・ドールズのテーマ (作曲)

| 提供作品 | 11:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~その他アーティスト(女性ソロ・グループ)編~

高橋ひろさんは、作曲という形で楽曲提供されています。

okurimono.jpg井上麻美  たったひとつの贈り物 FHCF-2064
1993年1月25日発売
♪日曜日のプラトン

poniseki.jpgポニセキ  千枚谷~千枚CDコンピレーション~
PCCA-80013
2002年10月2日発売
♪涙があふれても

kaze.jpg中島由紀江  風がつれてきたSTORY TECH-11001
2004年4月21日発売
♪風がつれてきたSTORY

| 提供作品 | 11:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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みんなのレビュー:4  Great Big Kiss

都市色さんが書かれた全曲レビューです。

greatbigkiss.jpg gbk.jpg
Great Big Kiss (左:2000年発売盤、右:リメイク盤)
左:2000年11月11日発売  SOL.A.1101
右:2007年2月より再発売  TTCD-00005 


僕がここ数年来、一番聴きたかったCDを手に入れた。

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| みんなのレビュー | 18:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~アイドル編~

magnet.jpgOPD  Magnet ESCD1768
1996年7月21日発売
♪マイスゥイートコンプレックス (作詞・作曲)

fairytale.jpgフェアリー・テイル  フェアリーテール CECC-10239
1993年5月21日発売
♪不思議の国のフェアリーテール (作曲)
♪青空のカウントダウン (作曲)

friendscd.jpgフレンズ  がんばらないで MLCS-1014
2000年3月23日発売
♪がんばらないで (作詞・作曲)
♪じゃあね! (作曲)

(写真提供:しららさま ありがとうございます!)

| 提供作品 | 18:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~デジモン編~

高橋ひろさんは、作曲という形で楽曲提供されています。

dejimonbestpartner4-90.jpgデジモンアドベンチャー02 ベストパートナー4 木戸丈&ゴマモン
NECA-13004
2000年6月21日発売
♪無敵のバタ足
♪空をクロール

dejimonbestpartner6-90.jpgデジモンアドベンチャー02 ベストパートナー6 武之内空&ピヨモン
NECA-13006
2000年7月26日発売
♪私の五線譜

dejimonbestpartner8-90.jpgデジモンアドベンチャー02 ベストパートナー8 井ノ上京&ホークモン
NECA-13008
2000年7月26日発売
♪愛の騎士

dejimonbestpartner10-90.jpgデジモンアドベンチャー02 ベストパートナー10 高石タケル&パタモン
NECA-13010
2000年8月23日発売
♪DON'T STOP パタパタ

dejimonbestpartner12-90.jpgデジモンアドベンチャー02 ベストパートナー10 一乗寺賢&ワームモン
NECA-13012
2000年8月23日発売
♪君が夢見た未来、ボクが夢見た未来

dejimongirlsfestival90.jpgデジモンガールズフェスティバル NECA-30058
2002年2月26日発売
♪ヤマトナデシコ・パニック
ページへ

dejimonbest3-90.jpgデジモンテイマーズ ベストテイマーズ3 李健良&テリアモン NECA-13018
2001年8月1日発売
♪僕のともだち
♪エニータイムモーマンタイ

dejimonbest8-90.jpgデジモンテイマーズ ベストテイマーズ8 李小春&ロップモン NECA-13023
2002年2月28日発売
♪届きたいな

dejimonfrontia90.jpgデジモンフロンティア キャラクターソング・コレクション 「サラマンダー」
NECA-30072
2002年10月2日発売
♪SAY YES!~友樹のテーマ~

| 提供作品 | 19:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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浪花少年探偵団 オープニングスキャット

2000年10月からNHK教育テレビの“ドラマ愛の詩”で放送されていたドラマ
浪花少年探偵団』のオープニングテーマ(スキャット)を担当しました。
作曲はゲイリー芦屋氏。
高橋ひろさんはボーカルとして参加しており、柚楽弥衣(ゆらやよい)氏
と一緒に歌っています。
ひろさんの声は相変わらず素敵です(笑)
私には透明感があるように聴こえます。(何かの効果のせいかもしれませんが・・)
曲自体は短いのですが、非常にカッコイイです!

この他にも、同ドラマの第9話「しのぶセンセと素敵なプリンセス」でも
吹き替えとして素敵な歌声を披露されたようです。

| その他歌唱作品 | 18:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~アニメ・ゲーム編 ②~

aisurukoto90.jpg桜井智ラジオシアター 天保怪盗伝アイスクリン物語
PCCG-00480
1999年2月3日発売
♪愛すること

saiko2.jpgMPD PSYCHO サイコ サウンド・ストーリー
1998年5月30日発売
♪ソラミミが、こぼれてる

yumi-sbest90.jpg白倉由美作品集ベストセレクションシリーズVol.4 声優ボーカル集
ABCA-5039・40
2004年2月25日発売
♪アイスクリームの呪い ♪ジェリーフィッシュ
♪ソラミミが、こぼれてる  ♪アリスの憂鬱

sonomukougawanomukougawa.jpgその向こうの向こう側 イメージボーカルトラックス
KDSD-00082
2005年11月16日発売
♪手を放さずに

fourseasons90.jpg瓶詰妖精 four seasons 瓶詰妖精~イメージアルバム KICA617
2003年12月28日発売
♪春唄~くるる~  ♪夏唄~ちりり~
♪秋唄~さらら~  ♪冬唄~ほろろ~
♪四季唄~瓶詰妖精~

aonomamade90.jpg蒼のままで・・・/天空断罪スケルターヘヴン オリジナルサウンドトラック
KDSD-00050
2004年11月17日発売
♪きっといつか・・・遙かな場所で

| 提供作品 | 10:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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高橋裕幸氏との出会い

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

あわっぴさんに続きまして、 ゆみかかさん の“高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

******************************************************************

中学生の頃、私はTULIPというバンドを知り、財津和夫氏のファンにもなった。片田舎のイチ中学生の身では、ファンクラブなんて無理。ラジオでテープにエアチェックするのがせきのやまであった。高校生になり、お年玉を使ってこっそりファンクラブに入ったところ、TULIPはごっそりメンバーチェンジをしてしまった。あっけにとられながらも会報を取り続けていると、新しいメンバーとして「高橋裕幸」が加入してきた。
その春めでたく都内の某大に入学した私は、一人暮らしの特権を活かしTULIPファンの集い、日比谷の野音に出かけた。1987年の4月末のことである。そのステージ上、会報でチラッとしか顔を見ていない「高橋裕幸」が財津氏により紹介された。ステージ上のコードを足に引っ掛け、よろめきながらの登場であった。これが初めて彼を見た日である。正直、年下の私がハラハラするとは思わなかった。
その後、彼が在籍するTULIPのツアーにも若干参加。しかし、すぐにファイナルツアー、解散を迎えてしまう。はじめて参加するフルメンバーのツアーが解散コンサートという現実に、北は仙台、南は福岡まで、民族大移動の波に乗り、授業をぶっ飛ばしながら一人いわゆる「追っかけ」に明け暮れた。ステージ上の彼はいつも楽しそうであり、特に『銀の指輪』や『仔牛のローカウジー』など何度聴いても良かった。『さよならメロディー』も今までの彼の作品の中で群を抜いて良かった。ぶっちゃけ、他のいわゆるTULIPのどの曲より、私は好きだった。ラストの中野4日間のうち、1日はどうしても授業の都合がつかず友人に譲ったところ、奴はちゃっかし姫野さんのピックをゲットしてきた。それはともかく、これで私のなかの「高橋裕幸」は一旦ピリオドをうつ。

やがて時は平成を迎え、私も学生生活を終えて怒涛の社会人生活をスタートさせた。一人暮らしをしながら仕事で使う音源を捜しに新宿をうろついていたその時、なにげなく通った「チケぴ」の前で、「高橋ひろ」の名前を見つける。TULIP時代に財津さんが「ひろ!」と呼んでかわいがっていたあの青年の姿が目の前によみがえり、その場で日清パワステのチケットを購入。もちろん1枚。その足でレコード屋に向かい『君じゃなけりゃ意味ないね』のアルバムを購入。帰宅して聴いて間違いないことを確認。私は「高橋ひろ」と新たなる再会をしたのである。ただしそのライブには仕事が押して参加できず、結局ソロライブには彼がメジャーにいる間は一度も行けなかった。ちなみにその頃の私はテレビを見る時間もなく、某アニメのエンディングで彼の歌声が流れている事も、歌番組に出ていたこともまるで知らなかった。
人生の転機が突如やってきてしまった私は、結婚と退職と引越しを慌しくすませたが、結婚式の入場に『ことほぎ』を使う事は忘れなかった。式場に音源がなかったため、CDは持ち込んだ。都会から離れたこともあり、また少し、彼から遠ざかる日々となる。
ゆるゆると専業主婦だのパート講師だのして過ごす日常のなか、近所のドラッグストアで買い物中、店内BGM(いわゆる有線)で聞き覚えのある声に反応。『くちびるがほどけない』であった。市内に数店しかないCD屋へ直行しアルバム『New Horizon』を購入。どっぷり浸かる。同時にセカンドアルバムが出ていたことも知り、あわせて購入。はっきり言って、4枚目のアルバムがめちゃくちゃ楽しみな出来ばえだと思った。

 そしてもう一度、私は「高橋ひろ」と出会う。
それは自宅にデスクトップのPCを購入して(もらい)インターネットなるものに自宅のドアを出ずとも接続が可能な状態になった時。検索をかけて「高橋ひろ非公式サイト」を発見。掲示板やチャットという、生まれて初めて出会う「もばいる」な世界がそこにあった。当時出産を控えていた私は見ているだけであったが、出産後、不規則で自宅からほとんど出ない生活のなか、おそるおそる掲示板やチャットに参加していく。まだネットが何だかよくわからずにいる私に「ひろファン」の皆は暖かく、そしてエラく盛り上がった。時には本人も書き込みをしてくれるということもあり、ライブの情報なども手に入れることができた。都心から60キロほど離れていながらも、赤ん坊を実家に預けながら夜のライブに参加して帰宅するという荒ワザを幾度かこなした。
 ある時ふとしたきっかけで、私は再び社会にでる機会ができた。しかし一旦最終試験で落ちたあとの追加採用。相談してきた夫が地球の裏側に行っていて戻るまでに決断をしなくてはならなかった。あろう事か私は、ひろさんの非公式サイトに書き込んだ。日常のことも語ってきたファン仲間の皆が励ましてくれた。あろう事かひろさんも私に一歩を踏み出す一言を書き込んでくれた。私は共働きという、人生の設計図にまるで無かった道を歩みだした。そしてその夏、あの名曲『華麗なるone step』に射抜かれることになる。もう引き返したりなんかしない。私はず~~っと「高橋ひろ」のファンだ。

| おもひで | 18:00 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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熱烈!アニソン魂(スピリッツ)

anitamalivecd.jpg熱烈!アニソン魂(スピリッツ) 「アニたまLive」 in AJF 2004 Vol.1
2004年10月20日発売

こちらはライブCDです。

anitamalivedvd.jpg熱烈!アニソン魂(スピリッツ) 「アニたまLive」 in AJF 2004 Vol.1
2004年11月17日発売

こちらはライブDVDです。


高橋ひろさんが2004年8月15日 渋谷O-WESTで開催された「ANIME JAPAN FES 2004」に出演された時のCDとDVDです。
このライブでひろさんは、おなじみ幽遊白書のエンディングテーマ 「アンバランスなkissをして」「太陽がまた輝くとき」を歌っています。
雰囲気はセルフカバー(新録音)バージョン盤に近いです。
2曲連続で、「太陽~」「アンバランス~」の順で歌っています。
そして“マイク1本で歌う”という大変貴重な光景を見ることができます。
そのせいでしょうか・・・ひろさんはとってもノリノリで、身振りや手振りといった動きが満載です(笑)
途中エアギター的なこともやっているので、自分のステージをかなり楽しんでいると思われます。
肝心の歌声ですが、とってもパワフルです!!やっぱ生はすごい・・・

DVDは、ここ最近の(といっても生前になりますが)ひろさんの姿を見ることができる
大変貴重な1枚です。

| その他歌唱作品 | 09:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~アニメ・ゲーム編 ①~

高橋ひろさんは、作曲という形で楽曲提供されています。

kisugikanyounokoto90.jpgSAMURAI DEEPER KYO CHARACTER VOCAL ALBUM 狂奏歌 KICA588
2002年12月25日発売
♪生直肝要之事(キスギカンヨウノコト)

ojyosama90.jpgお嬢様特急オリジナルサウンドトラック&ヴォーカルコレクション FSCA-10043
1998年7月17日発売
♪素顔のままで
♪太陽をバックに
♪LOVE AND HATE

nophoto90.jpgコボちゃん ニッポン・チャ!チャ!チャ! VPDB-20469
1992年10月21日発売
♪SUKI SUKI大好き

pannanopanchi90.jpgアンパンマン それいけアンパンマン キャラクターソングコレクション VPCG-84643
発売日不明
♪パンナのパンチ
※その他たくさんのアンパンマン関連のCDにも収録されています。

gegege.jpgゲゲゲの鬼太郎 ゲゲゲの鬼太郎ソングコレクション集1 WPC6-8260
1996年12月発売
♪ゲゲゲの音頭

| 提供作品 | 13:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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提供作品 ~幽遊白書編~

yuyuhakusyo2-90.jpg幽遊白書ミュージックバトル編2 MRCA-20041
1994年8月19日発売
♪つかの間のサンセット (作詞・作曲)

yuyuhakusyo3-90.jpg幽遊白書ミュージックバトル編3 MRCA-20052
1994年12月16日発売
♪LOVE SONGをあなたに (作詞・作曲)
♪つむじ風でフライアウェイ (作曲)

| 提供作品 | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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みんなのレビュー3: 秋野菜

きいんさんが書かれたレビューです。

popchan.jpgWELCOME TO POPSICLE CHANNEL MRCA-10020
5曲目に収録されています。

叙景歌、というのが一番明確なのかなぁ。
でもなにかしらの喪失(失恋?)ありきなので、叙情歌とも言えるのかなぁ。
高原の涼しく爽やかな風景に佇む男一人。その心は喪失感に溢れ、というところか。
一年前の夏に恋人?と2人でどこかのどかな田園風景の中にいて。
彼は秋野菜の栽培をしていて。ということは農家?
“少女の殻をたたんで 君は消え去り”というのは、死別?
以下妄想。
夏、高原の避暑地にかわいらしいお嬢様(ここは少女でなければならない)
がいらっしゃいました。
そこで現地の農家の若い男性と恋に落ちました。
2人はプラトニックな、淡いひと夏の日々を送りました。
(キスはプラトニックじゃないという指摘は無視)
しかし、少女が大人の女性になるのはあっという間。
翌年、彼女が訪れることはありませんでした。
縁談にて、既に輿入れしていたのです。
彼は1人、秋野菜収穫前の夏を迎えて、美しい日々を思い出す…。
なんというか、川原泉の『大地の貴族』(『美貌の果実』収録)じゃないかと(結果は反対だが)。

まあ、実際は“ひとり僕は訪ねた”というフレーズで、現地の人じゃないかも、とは思うのですが。

| みんなのレビュー | 09:42 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ファイナルツアー Well

well_live.jpgファイナルツアー Well 32CA-3839・40
1989年9月10日発売
TULIP解散コンサートのライブ音源です。
また、現在コロムビアミュージックエンタテイメントより再発売されています。(2007年6月20日発売)


《 高橋ひろさんが歌われている曲 》
さよならメロディ ( 自作曲 )
仔牛のローカウジー ( 1コーラスのみ )
銀の指環 ( 1コーラスのみ )

他にもバックコーラスをやっていたりなど、多くの曲で歌声を聴くことができます。

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| MR以前 | 18:04 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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Well

well.jpgWell 32CA-3183
1989年2月21日発売
TULIPの解散前ラストリリースとなったアルバム。
テーマは“別れ”
なんと、1曲目は高橋ひろさんが作曲されたものです!
また、現在コロムビアミュージックエンタテイメントより再発売されています。(2007年6月20日発売)


《 高橋ひろさんが歌われている曲 》
さよならメロディ ( 自作曲 )
3月29日 花曇り ( 自作曲 )

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| MR以前 | 21:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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そんなとき 女を好きになる

sonnatoki.jpgそんなとき 女を好きになる 32CA-2230
1988年4月1日発売
TULIPに加入してから1年後(つまり2年目)に発売されたアルバム。
前作よりも歌っている曲が増え、このアルバムでは自作曲が収録されています。 また、現在コロムビアミュージックエンタテイメントより再発売されています。(2007年6月20日発売)


《 高橋ひろさんが歌われている曲 》
女たちの危険な事情
トライアングラー・ラヴ・エイド
ROOM#1022
ペパーミントの予感 ( 自作曲 )

※自作曲以外は1フレーズ程度しか歌っていません

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| MR以前 | 10:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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PRIMARY COLOR

primarycolor.jpgPRIMARY COLOR 32CA-1649
1987年6月1日発売
高橋ひろさんがTULIPに加入して2ヶ月後にリリースされたアルバム。とにかく若々しい(おそらく当時22歳)ひろさんの歌声をお聴きください。
また、現在コロムビアミュージックエンタテイメントより再発売されています。(2007年6月20日発売)


《 高橋ひろさん(TULIPでは高橋裕幸名義)が歌われている曲 》
危険なEmotion
PRIMARY COLOR

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| MR以前 | 12:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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高橋ひろとの出会い

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

ヤスエツさんに続きまして、 あわっぴさん の“高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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存在を知ったのは一般人と同じく某アニメ。その頃友達と共同購入していた雑誌に連載していたマンガのエンディング。

聞いたときはいい曲だとは思っていたがファンになるほどでもなく、友達に借りてダビングした程度。
田舎の学生だったからお金もなかったし、音楽は惹かれるものがあったのだが僕の中では高橋ひろは心の奥に埋もれていくのです。

ただ当時ケーブルひいててスペースシャワーで「くちびるがほどけない」のPV見たのは僕の宝物
親と自分に感謝だね。

それから何年かはブランクが空き再び彼の音楽に触れたのはパソコンを買った'99
この頃福岡で1人暮らししていた僕は無性に「太陽がまた輝くとき」が聞きたくなりリピートかけてたときで、新しく繋げたネットで高橋ひろを検索しました

そこで出会ったのが「ぽっかぽか広場」
非公式でありながらも半公式の存在だったファン作成高橋ひろサイト

高橋ひろクイズもあればBBS、ディスコグラフィコメント、チャット場等かなり充実しているサイトだった。

この時はもうすでにメディアレモラスも解散し、メジャーから一歩引いた活動をしていたひろさんですがファンクラブ「HIRO PAL」は存在し丁度この年の11月にみかん狩りイベントがあったようでサイト内もかなり盛り上がっていました。
その波に乗り高橋ひろファンと仲良くなり、そこからさらに沢山の仲間に出会いました

一番のきっかけはこのつながり。

メジャーにいなかったしCDも手に入りにくかった

中古屋を探しファンクラブ限定のCDがあると知ればファンクラブに電話し、ないと言われればひろさん直々にまだあるよと言ってくれる


高橋ひろの音に出逢い、ファン繋がりに触れ、彼の人間性を知り、彼を取り巻く表現し難い暖かいもの。
それが彼の音楽へとまたつながっていく……
そして僕を満たしていく


これが高橋ひろが好きだと言える所以。きっと飽きることなくこれからもつながっていくんだと想うのです

| おもひで | 23:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんと私

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

たまさんに続きまして、 ヤスエツさん の“高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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まずは、自己紹介。

ひろさんに関してはヤスエツの名で主にmixiで活動中。の世を忍ぶ仮の姿は生保営業員、実は俳優、司会、選挙ウグイスという正体を持つ26歳。
千葉県の九十九里でサラリーマン家庭の長女であったごく普通の中学生時代にひろさんの音楽と出会いを果たし、以来人生の大切な節目、いまいち弾みがつかない、踏ん切りが必要な場面で歌詞に背中を押され『人生を楽しむ』『後悔しない人生』『些細なことにも喜びや幸せを感じる』ことを教えられたつもり。

遍歴。
13歳:幽遊白書にはまり、流れで「アンバランスなキスをして」を購入。頑張って中間テストの順位を上げ、親に当時出ていたひろさんのCDを全て買ってもらう。空前絶後の大ブーム。”いつも上機嫌”に夢中。(以来私の生涯の理想女性像として曲中の“君”が!!) ”セックスフレンド””ことほぎ””にじんで見えない”で「大人の恋はこんなか!?」と妄想大爆発。ほら、思春期だし。(笑)

15歳:受験間近。“♪一度決めたらもう進路は変えない”(君じゃなけりゃいみないね)
に後押しされて合格は難しいとされていた新設学科を受験。
“♪Go! Go! Let’s go ! Fight !Fight ! Go! Go! Let’s go !”(私ならこうする)
を机の前に貼って猛勉強。見事合格。
しかし高校進学後、ある記事でひろさんが
「英語の歌詞はなんとなくかっこよく聞こえるから使わないようにしている」
「少なくとも自分が”愛”を分かるまでには歌詞には入れないようにする」
的なことを言ってたので
”♪君を愛してる~”(ホワイトジーンズ)
”♪I LOVE YOU ,BABY~”(くちびるがほどけない)
が許せなくなる。ほら、思春期だし(苦笑)

16歳:そうは言ってもその後もひろさんを聴く、それこそ1stアルバム”君じゃなけりゃ意味ないね”ばっかり。
他にラルク、ラクリマクリスティなどのV系ロック、菅野洋子、新居昭乃にはまる。

20歳:演技、しゃべり系の専門学校卒業。有線ラジオ局にアナウンサーとして就職。
番組の制作から全てできたので自分の番組には何気にBGMにラルクやラクリマ、ひろさんを乱用。(※著作権協会にちゃんと登録して基準を守っていた会社です!!)

23歳:初夏、車上荒らしにかばんごと盗まれ“君じゃなけりゃ・・・”も被害に!! その年の秋、大きく失恋。ラルクのアルバム”SMILE”聴いては泣きまくる。ひろさんの”ごめんねまくら”を試しに聴いてみたらそれもやばかった。

25歳:夏。高橋ひろさんの1stアルバムを近所で入手。るんるんしてる気持ちに水を差すように翌日、訃報を知る。折りしも知ったのはmixi参加翌日。その前年秋に他界していたとは。。。。毎日毎日1stばかり。自分の中にどれだけひろさんの音楽が染み付いていたか確認するひと月を過ごし、誕生日オフに参加。知り合った有志たちに仲間入りを果たし、一周忌であるその年の11月4日自主的オフ開催。(といってもごく小規模)
それ以来、現在に至るまで、歌詞の意味を想いながら絵を描いたり、同じ“表現芸術者”としてどう“死”や“生”、そして“日常”と向かい合い表現してきたかに想いを想いを馳せながら地味に活動。


まとめ。
『高橋ひろ』が与えた影響は数知れず。。。
13歳の私には単なる『文字』だった言葉が『実感のできる表現』あるいは『意味のある言葉』として“衝撃”を与え。言葉で、表現で食べていくようになってからは気づくことによって得られる『ある意味での自戒』であり、『新鮮さ』であり、『表現できる喜び』である。
これは傍らにずっとあったひろさんのメロディや歌詞の表現力によって育てられた私には考え方だとか表現に染み込んでるものでこれは某氏の言葉を引用するのであれば『細胞にまで染み渡っている』。

それにしても思春期の私に与えた影響の本当に大きいこと大きいこと。
否定する気はありませんが、電子音が流行りまくってた時期にひろさんの音楽を慕い続けた中高生の自分、それを肥やしに生きてきた自分はえらいな、と過去の自分を褒めてあげてます。

“しゃべり”で食べていく私の進路は結婚しても子供を生んでも変わらないでしょうから、一生ひろさんの表現を私の声を聴いてる人たちに花束にして贈り続けてゆきます。

| おもひで | 23:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんとの出会い

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

くぽさんに続きまして、 たまさん の“高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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ひろさんとの出会いは・・・1993年10月1週目の朝(たぶん4日の月曜)、ちょうど番組改正の時期でありました。
 当時、高校1年生(!!)だった私は、朝5:45に起床し6:35に家を出る生活を送っていました。その頃朝はフジTVを見ていた私は(その前までウゴウゴルーガを見ていた影響もありますが・・・)、その日も朝もいつも通りTVをつけると始まった番組は「オルトレ・イ・チンクワンタ(略してオルチン)」と、いうものでありました。その時のOPテーマがそう「いつも上機嫌」であったのです!!!朝ごはんを食べようとしていた私は、あまりの衝撃に茶碗をひっくり返し、床にご飯をばらまき親に怒られた記憶が・・・(笑
 よくわからないまま始まったその番組がニュース番組でないことは放送開始5分で理解したものの、司会者は「車だん吉」氏でした。小学生だったころ楽しみに見ていた「お笑いマンガ道場」の出演者でもあり、とりあえずチャンネルは変えずEDまで見続けてみたところ、テロップに「いつも上機嫌/高橋ひろ(メディアレモラス)」の文字を発見。「あ~。高橋ひろさんという人なのね・・・」と、いうことを確認してその日は学校へ向かいました。
 ニュースをやっていない番組だったために、6:00からは他局のニュースを見るように親に怒られながらも、(実家は父優先の家庭だったために、朝は新聞もTVも全て私には権限がなかった)OPとEDの時間だけはフジTVにしてもらえるように説得。合計しても3分足らずが私の生活の一部となったのです。しかし当時は情報社会からはほど遠く、お金も知識も乏しい高校生。その番組でテロップを見かける以外、ひろさんの情報を知るよしもなかったのでした。

 そんなひろさんと衝撃的な2回目の出会いをしたのは、同じく93年年末の土曜18:53のフジTV。いつものように幽白を見ていた私はEDが変わることを全く知らず予告を見てました。(当時はもうアニメ誌を買って読んでいなかったので 笑)次の瞬間世界が一転!「アンバランスなkissをして/高橋ひろ」のクレジットがすぐに表示され、私の頭はパニック寸前!!「えー!あの『いつも上機嫌』の人?!」って感じで・・・。
 翌日、柏駅にあるCDショップでCDを探すと・・・「君じゃなけりゃ意味ないね」のアルバムを発見!(いつも上機嫌のシングルも)しかし資金振りが苦しい高校生。その日はCDを購入できずに傷心帰宅。(結局、その後アルバム1枚、シングルCD3枚を購入するのに、3か月を費やしました 苦笑)。
 激動の93年が終わった時点で、私は「高橋ひろ」という人物がどんな人であるか、まったく知らずにいました。この時点で唯一持っていた写真は『週刊少年ジャンプ』についていた『スラムダンク』ポスター裏面の『幽白情報』に小さく掲載されていたひろさんの写真のみというありさま。

 そんな状態で迎えた94年年明け。ひろさんが伊集院光のラジオ番組に出演する情報を知り、絶対に聞いてやる!!と息巻く私をまたもアクシデントが・・・。私とひろさんの運命を弄ぶかのように、祖母の葬式が発生。お通夜を終えてダッシュで帰宅した私がラジオをつけて聞いた音は・・・「本日のゲストは高橋ひろさんでした~」の伊集院氏の声。肝心のひろさんの肉声は私には届かず!(涙)
 その後幸運なことに、94年6月に発売した「太陽がまた輝くとき」により、ラジオおよびTVで動く姿を拝見することができました。そして初めての出会いから1年以上も経った、95年2月16日の日清パワーステーションにて生ひろさんと対面することができたのです。

そんなこんなで、2007年現在もひろさんのことが生活の第一優先にある私が存在するのでした。
そう。ひろさんが「いつも上機嫌」をレコーディングしたときと同じ年齢になった私がいるのです。

| おもひで | 23:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんとの出会い

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きいんさんに続きまして、 くぽさん の “高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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私がひろさんの存在を知ったのは、たぶん、多くのひろさんファンの方と同じく、幽遊白書で流れる曲を聴いた時だったと思います。その当時は、特に幽遊白書には興味もなく、真面目に見たことがなかったため、そこで流れる曲も、たまたまテレビをつけたらかかっていて、それを気にとめることもなく流し聞いていたのですが、なんというか、独特のメロディーや歌詞、耳に残る声、でも、歌っている人の名前も、曲名すらわからないまま、印象だけが心に残っている、それが、私とひろさんとの最初の出会いでした。
今考えてみれば、そのころ私はもう中学生~高校生になったあたり、インターネットこそなかったものの、CD屋等でCDを探し買い求めることもできただろうに、今更にして後悔しています。

その後、その曲がひろさんの曲であることや曲名もわかり、たまにカラオケ等で自分や同席の誰かが歌ったりして、その存在は、自分の中で色濃くなっていきましたが、やはり、それ以上の行動に移せぬまま、時は移ろい、大学生に。ここで、私のひろさんファンとしての大きな転機が訪れます。

それは、とあるバイト先でのこと。そこで出会った先輩が、筋金入りのひろさんファン。その方とは、元々は違うアーティストのことで意気投合?したのですが、ある時、どういうきっかけだったかすでに記憶がないのですが、ひろさんの話になり、それまで私の中で眠っていたひろさんの曲や印象が、目を覚ましたのです。
ですが、その方は筋金入り、一方私は曲や名前を知っている程度。間違ってもファンだなんて言えないような自分に、その方はいろんなことを教えてくれました。幽遊白書以外の曲をいろいろと知ったのは、この頃です。

その後、今はなきファンクラブ「HIROPAL」に入会し、初めてのライブ参加を果たし、あろうことか、ライブハウス前でジャージ姿の生ひろさんに遭遇!など、少しずつファンとしての自覚?を高めていきました。ネットの掲示板なども通じ、今のファン仲間と出会ったのもこの頃で、もう10年近く前のことです。
その後、最も忘れられない出来事である2001年の北海道ツアーに参加させていただき、ひろさんやファン仲間の皆さんと交流し、盛り上がり、ひろさんの歌を通じ、こんなにも幸せな関係を持つことができたことに、今でも本当に感謝しています。

この10年、自分にとっていろんな人生の転機があり、悩んだり、落ち込んだり、いろんなことがありましたが、そのたびに支えになってくれたのは、ひろさんの曲でした。ひろさんの曲には、勇気づけられ、励まされ、時には、不覚にもちょっと涙したりもしましたが、でも、それら全てが、今の自分の糧になっているんだなと思っています。もう、ひろさんの生の声や、生のトーク、新しい曲を聴くことは叶いませんが、私はこれからも、一ひろさんファンとして、ひろさんとともに生きて行ければと、思っています。

| おもひで | 23:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひろさんと出会った日

高橋ひろさんファンの方々の『ひろさんとの出会い』を紹介していきます。

管理人の私(とも)に続きまして、 きいんさん の“高橋ひろさんとの出会い” を紹介します。

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まだ大学生、21歳のとき。
おそらくは年末年始。長期休みで帰省していた厚着の時期だった記憶があるから。
近くの古本屋で、暇を潰す漫画を探していた、んだと思う。
半年前から始めた中古CDコーナー。なんとなく足を向けた。
ひろさんの『WELCOME TO POPSICLE CHANNEL』が、目に留まった。

幽々白書は週刊少年ジャンプで読んでいた。アニメは、時間が合ったときだけ見ていた。
アニメの出来より、主題歌のほうが印象に残っていた。
CDの帯だったか、POPだったか、このCDには、その主題歌であることの説明があった。
魔が差した。としか言いようが無い。手にとって、レジに向かった。
あのころの自分にとって、3,000円は、小さくない。中古CDコーナーなのに、定価?
おそらくは新古モノかなにかなのだろう。
知らないアーティストのCDなんて買ったのは、そのときが最初。

自宅に戻り、ラジカセに入れる。とりあえず、知ってる2曲を聴いてみる。
主題歌の時にはワンコーラスしか記憶になかったので、ひどく新鮮。衝撃。
2番、素晴らしいじゃないか…。
というか、詞曲全体で一つの場面が、物語が、世界が構築されている!
ひとしきり2曲をリピート再生した後、CDのはじめから。そう、これはアルバムだから。
『私ならこうする』で女性の奥深さを知り
『パティオでドッキリ』で高校の時の彼女を思い出し、
『雨になれ』『秋野菜』『月光』『天空の2人~六甲哀歌~』で大人の雰囲気を覗き、
『浮気をしたいの』でバカ歌を知り(苦笑)、
『タンブリングマン』でポップでテンポの良い歌なくせに切ない男心を描いていることを堪能し、『恋のリベンジ』で大人の女性にあこがれる、と。
当時は俺自身に腕枕幻想がなかったので、『イェーイ イェーイ』は置いておこう。

大学に戻っても、そのアルバムだけをリピート再生する日々。
メシ作るとき、洗濯するとき、ダラダラするとき、雑誌読むとき。ゲームするとき。
うちで仲間を呼んで麻雀するときは啓蒙活動。
ただし、ひとりで本を読むときには聴かない。
小説が負けてしまって頭にストーリーが入ってこないから。
当時は、自宅の音楽=『WELCOME TO POPSICLE CHANNEL』だった。
どうしてこの人の新譜が出ないのだろうと不思議に思い続けたのち、
迂闊にも一年くらいしてから、1stアルバムの存在を知る。
(もう13年前、1994年当時はインターネットになんて触れてないもの)
大学近くのCD屋で1stアルバムの取り寄せを依頼し、断られる。なぜ?
山口市の田舎だったからかも。
しょうがないので、実家近くで依頼し、やっとこさ入手。
これでもうどうしようもない。
この2枚を連続して流したいためだけに、3枚CDチェンジャーのコンポに買い換える。

大学四年の就職活動、時は1996年夏、初めて東京へ。
向かったところは新宿伊勢丹近くの紀伊国屋書店。
CDフロアになんとアーティスト検索端末が。
高橋ひろを検索。3rdアルバムの存在をはじめて知る。またまぁなんと迂闊な。
その場で売り場を探すも品切れ中。
取り寄せできるとは言われるが、取り寄せてもらっても、取りに来られない…。
泣く泣く情報だけ持ち帰り。
またも地元での入手活動。これは2ヶ月くらい掛かった記憶がある。
こうして、CDチェンジャーはひろさんの3枚で満たされた。

疑問:
どうしてあのころ、シングルとかにアタマが行かなかったのでしょう?
答え:
地方にいる、音楽に興味のないヤローに過ぎなかったから。
本当にCDなんて買ったりしない人間だったので、気が回らなかったのだろうなあ。
そんな自分が、どうしてひろさんのCDだけめくら買い(言葉狩り失礼)したのか、いまでも不思議。
やっぱり縁、なのかねえ。ここは自分の“目利き”であると主張しておきたいけど。


そんなわけで、ある意味では幽々白書が入口だったりする。
少なくともチューリップでも、オルチンでもない。
リアルタイムでは、ミュージックステーションもHEY!HEY!HEY!も確認していない。
そんな俺でも、いまじゃこんな状態
というか、たぶんこれからずっと。

| おもひで | 23:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2007年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年11月

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